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製品開発のキャリアを買われ、
乳製品メーカーでチャレンジの日々

日本酪農協同株式会社製品企画開発部主幹垣原徳彰

「毎日牛乳」という商標で関西地方を中心に牛乳や乳製品を提供している日本酪農協同株式会社。2018年に創業70周年を迎える企業だ。大阪府を本拠地に、主に西日本に工場や営業所を構え、全国の生乳生産量の半分以上を占める北海道にも関連会社を持っている。そんな同社に転職したのが垣原徳彰(のりあき)氏。大手の食用油メーカーで製品開発に携わってきたキャリアを買われて入社した。転職して約7カ月。入社の経緯や同社の魅力、日々の仕事について話を聞いた。

食用油メーカーから実家の事業を経て、北海道の食品開発支援の仕事に

2017年6月に日本酪農協同の製品企画開発部主幹として入社した垣原氏。同社に至るまでの社歴は3社だ。新卒時に就職したのが大手の食用油メーカー。神奈川県の研究所で14年間、商品開発に携わった。しかしある日、北海道で建設業を営む父がけがを負い、長男である垣原氏が実家の事業を継ぐことになる。10年後、父が亡くなり、さまざまな事情を考慮して垣原氏は会社を畳んだ。

「やはり研究や製品開発に関わる仕事がしたい」と北海道で再就職したのが、国際戦略総合特区関連法人。その法人は、北海道、札幌市、江別市、函館市、帯広市、北海道経済連合会が国から「北海道フード・コンプレックス国際戦略総合特区」に指定されたことに伴い、「フード特区機構(正式名称は一般社団法人北海道食産業総合振興機構)」として産官連携で設立され、北海道の食産業を盛り上げていく役割を担っている。垣原氏はそこで道内の食品メーカーの製品開発をサポートする仕事につく。食品メーカー、大学、行政の研究機関、大手の素材メーカーなどをコーディネートしながら、食品に関わる中小企業を支援する仕事だ。

そのときに知り合ったのが日本酪農協同の営業担当者だったという。同社の関連会社が北海道にあり、垣原氏が製品開発をサポートしていたのが縁となる。当時製品開発ができる人材を探していた同社に声をかけられ、転職へとつながった。

この会社の人たちとならいい仕事ができる

当時の垣原氏の自宅は札幌市内。子どもたちが地元の学校に通っていたこともあり「できれば道内の企業に転職したい」と探していたが、仕事内容や報酬の面で希望に合う会社が見つからなかった。そんなとき、声をかけてくれた日本酪農協同の営業担当者とはなぜか波長が合い「彼と仕事がしたい」と感じたという。

面接に行った大阪の事業所の雰囲気にも魅力を感じた。製品企画開発部のスタッフたちは20代から30代前半。「この年齢層でたった4人のチームでこれだけの種類の商品を開発している。能力の高いメンバーがそろっていると思いました」と振り返る。「この会社ならいい仕事ができそうだ。このメンバーたちをもっと伸ばす手助けをしたい」。勤務地は大阪になるが、垣原氏は転職へと気持ちを固めていく。

一方、同社は創業70周年を迎えようとしており、昔からの伝統と社風を大事にしている。それが良さである半面、今ひとつ新しいことに踏み出せていない印象も受けた。転職に導いてくれた営業担当者も「伝統を大事にしつつ新しいことをやりたい」と言っていた。「その過程に少しでも貢献できれば」。同社で力を発揮したいと感じた垣原氏は入社を決める。

ヒット商品の開発を期待

日本酪農協同が製造販売する商品は幅広い。関西で知名度の高い「毎日牛乳」をはじめ、乳酸菌飲料や果汁飲料、バターやチーズ、デザートやアイスクリーム類を手がけている。おいしさのクオリティーはもちろん、グルコサミンやコンドロイチンなどの健康成分を入れた乳酸菌飲料など付加価値のある製品開発にも力を入れている。

同社の赤井貴取締役管理本部長は垣原氏の入社について「食品関係の会社で製品開発をしていたと聞き、即戦力になってくれると思いました」と話す。当時、製品企画開発部では退職者が出たこともあり、人員を強化したいと思っていた矢先の出会いだったという。「真面目そうで人柄がよかった。マネジメントの経験もあり、管理職としてチームをまとめてくれそうだと感じました」と面接時の印象を振り返る。

同社では最近、「新しい風を入れたい」と中途採用にも力を入れている。年齢層も対象も、第二新卒から管理職までと幅広い。「コミュニケーション力があり、前向きでいっしょに働いて楽しそうだと思える人を求めています」と赤井氏は話す。垣原氏はその人材像にマッチした。

今後、垣原氏に期待することは何だろう。赤井氏はずばり「ヒット商品を出してほしい」と言う。「食用油と乳製品というジャンルの違いはあれど、食品の開発という点では通じるものがあるはず。これまで培った経験をぜひ生かしてほしいですね」と期待を込める。