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Experience

Iターン転職をきっかけに、
広告プロモーションという新たなフィールドに挑戦。
視野を広げ、さらなるステップアップを目指したい

株式会社エイド・ディーシーシーサーバーサイドエンジニア高嶋

株式会社エイド・ディーシーシーは大阪に本社を構える、Webを中心とした広告プロモーション全般の企画・制作・運営をはじめ、WebシステムやWebアプリケーションの開発、各種施設内外装、スペースデザインやイベント美術のデザイン、インターネットによる通信販売全般などを手がけている企業だ。テクノロジーとデザインとロジックを掛け合わせた無限に広がるクリエイティビティによって、常に新しいコミュニケーションを生み出している。高嶋淳氏は東京生まれの東京育ち。大学卒業後、都内のフィットネスクラブに入社し、企画広報の仕事を経て、Web制作会社に勤務。2015年、同社に転職した。関西へのIターン転職を果たした高嶋氏に、今、そしてこれからについて語ってもらった。

新たなフィールドで未知のものに挑戦したい

高嶋氏は、27歳のときに、Web制作会社にサーバーサイドエンジニアとして転職し、Webの世界に本格的に足を踏み入れた。サーバーサイドエンジニアは、ユーザーの目に触れない裏側の部分、つまりサーバー側で行う処理に対して必要なプログラムを開発したり、サーバーで扱うデータの管理などを行う。プログラミング言語はPerl、PHP、Ruby、Pythonなど、さまざまな種類があるが、高嶋氏はPHPのみを使っていた。

「スキルアップ面から他の言語を使う仕事をしたいと思っていましたが、それよりも仕事の幅自体をもっと広げてみたいという思いが強くなってきたんです。今の仕事はWeb制作がベースですが、多彩な言語も使い、イベントやプロモーションなどの新しいフィールドへ仕事の幅も広がり、とてもやりがいを感じています」

転職してから高嶋氏は自分が大きく変わったと言う。以前なら、難しい問題にぶつかると面倒に思うこともあったそうだが、今は、分からないことがあれば、とことん調べて考え、壁を超えてやろうと思えるようになった。「作り手のワクワク感というか、もの作りの面白さに目覚めました。単に言われたことを設計するのではなく、未知の世界であっても、技術と努力でなんとか乗り越えてやろうという気持ちになれるんです」

転職と同時に子育ての環境を変える

高嶋氏は生まれも育ちも東京で、仕事もずっと東京だった。関西へのIターン転職は勇気がいったが、実は奥さんが神戸出身だったことが大きく関係している。

「以前は渋谷から一駅のところに住んでいたのですが、便利ではあるけれど交通量が多くて。子供が生まれてから、もっと自然の多い環境に移りたいなあと夫婦で話していたんです。転職をきっかけに、思い切って自然豊かなのんびりとした環境に変えてみることにしました。以前から妻が神戸に戻りたいと言っていたので、転職を機に、関西への移住、妻の実家がある神戸市郊外への引っ越しを決めました」

同社への転職を決めた理由の一つに、以前のWeb制作会社の仕事の延長上に、同社での仕事があると感じたことが大きかったという。「さまざまなクライアントの新しい案件に対して、技術を生かして提案、開発するという前職の経験を生かすことができ、さらに新しいフィールドにチャレンジできるということは、私にとって大きなメリットがあると思いました。関西は私にとっては見知らぬ土地ですし、不安ももちろんありましたが、やりたいと思える仕事と家族への思いに背中を押され、決心しました」

もの作りの発想ができるエンジニアに期待

「今回の募集では、とにかく即戦力を求めていました。若手の育成も含めて、プロジェクトを引っ張っていけるような人材です。高嶋のように、サーバーサイドエンジニアとしてのキャリアがあり、ユーザーの目に触れるフロント部分も、サーバー側の奥の部分も理解できる人材は、非常に魅力的でした」と富永幸宏代表取締役は話す。

同社は大阪本社を拠点に全国、さらに海外へも事業を展開しているが、今回は大阪本社でのエンジニア募集だった。会社にとっては、高嶋氏がIターン希望者だったことは大きなポイントだったという。「彼は東京で応募してくれたのですが、偶然にもIターン希望だったので、互いの求める条件が一致しました。それはお互いにラッキーだったと思いますね」

富永氏は今後、日本の美意識や繊細さなど、日本人独自のクリエイティビティを、世界に向けてさらに打ち出していきたいと考えている。その考えの基本にあるのは「もの作り」の姿勢とスピリットだ。「高嶋は入社半年で、『GIGA SELFIE』のプロジェクトをメインプログラマーとして成功させ、エンジニアにもクリエイティブで柔軟な『もの作り』の発想が不可欠だということを示してくれました。今後もクライアントのさまざまな要望に対して、しっかりとソリューションを提案できる人材として頑張ってもらいたいですね。頼りにしています」