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EXECUTIVE

生涯勉強。40年かけて、かなえた夢

株式会社マルトグループホールディングス専務取締役 財務本部 本部長森田勝次

突然の異動。店先からプログラマーへ

「高卒で役員になっているのは私だけかもしれませんね」。そう言って笑う森田勝次専務取締役は、マルトの成長の歴史に決して欠くことのできない人物であり、売り上げ2,000億円を目指す上で最も重要な役割を担っている。

1975年、森田氏は高校の先輩である先代社長に請われ、また恩師の勧めもありマルトに入社する。「本当は銀行員になりたかったんですけどね」と笑うが、「マルトに入ったことが一番良かった」と語る顔には、マルト人生40数年の充実感がみなぎっている。「素直、プラス発想、勉強好き。この3つをいろんな形で教えてもらいました。教育にはだいぶお金を使ってもらいましたね」と言う。

19歳のころ、「コンピューターを導入するぞ」という先代社長の命により、店先で加工食品等を売っていた森田氏はプログラマーに抜てきされる。以後10年、ゼロから勉強する苦労もあったが、何にも代えがたい財産を得たという。

「受発注、仕入れ、在庫管理の集計から単品のもうけを計算できるシステムを作りました。売り上げ100億円もない中小規模のスーパーとしては異例でしょう。ここでみっちり商売に役立つ仕組みというものを学びました」。これからはITとの融合が不可欠だという先代の先見の明のおかげで、マルトは順調に拡大していく。そして森田氏も経営の中枢へとキャリアを進めていく。

ゼロから勉強。積み上げていったキャリア

「経理をやる人がいない」という理由から30歳手前で経理担当となる。企業として拡大していくなかで専任が必要となったのだろう。そして35歳の時には、先代社長とともに経営の数字を管理するようになる。「店別、部門別の経常利益がすべてわかる仕組みをつくりました。以前は売上高と荒利益高しか意識していなかったのが、人件費や販売促進費、施設費まで細かくわかるようになり、しかもガラス張りで誰でも見ることができる。その結果、従業員一人一人に経営者視点が備わっていきました」

バブル景気が終わりかけ、いわきに進出してきた全国チェーンと激しいシェア争いをしていたころだ。この取り組みが、マルトがバブル崩壊後も着実に売り上げを伸ばし続けられた要因であろう。「40歳の時には資本戦略をやれということで、勉強してファイナンシャルプランナーの上級資格を取得しました。40代が一番勉強していたかもしれませんね。酒も飲まずにやってましたから」と笑う。

勉強は頭だけではない。外に出れば出会いがあり、情報がある。だからセミナーにいくつも参加し、展示会にも通った。専門家にも物おじすることなく質問しまくった。マルトの文化は「やらない人は怒られる。やった人は多少の失敗も怒られない」からだという。森田氏は18歳でマルトに入社してから、プログラマーに始まり常にゼロから勉強し続けてきた。そして今、一つひとつ積み上げてきた40数年のキャリアの集大成を迎えようとしている。

高校生の頃の夢が、今、実現しようしている

森田氏が銀行員になりたかったのは、企業の未来をつくる人材に憧れていたからだという。「入社は縁でした。それが40年以上たった今、マルトの10年先、20年先を考えている。現社長の息子である安島大司商品本部長をリーダーとする中長期計画策定のプロジェクトチームに、世話役として携われているのは本当にうれしいです。高校の頃の夢が実現しているんですから」

入社以来40数年、森田氏がたたき込まれてきた3つのこと。「素直」とは、「いいと思ったものは、ああでもない、こうでもないと考えないでやってみなさい」。「プラス発想」とは、「常に前向きに考えてやりなさい」。「勉強好き」とは、「素直で前向きだけでは身につかないから勉強が大事」。この3つが体にしみついている森田氏は、今、中小企業診断士の勉強をしている。そして夢は続く。「70歳になってマルトを卒業したら、大学に行くつもりです。好きな日本史を勉強して、温泉を巡りながら日本の城を制覇したいんですよね」。勉強の場は、いくらでもある。環境ではなく、すべては心の持ちよう。それが人を育て、成長させるのだ。