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EXECUTIVE

信用を第一に、国内外のお客様との絆を深める

金印株式会社専務取締役山岸信夫

「信用は無形の財産なり」を肝に銘じて事業を展開

1929年創業の金印だが、創業者である小林元次氏が当初販売していたのは意外にもわさびではなく、みかんだった。

20歳で名古屋の柳橋中央市場で青果店を開業したものの、資金が足りない。静岡のみかん農家に直接出向き、料金後払いによるみかんの委託販売で生計を立てていたという。「初対面にもかかわらず、みかん農家が後払いで承諾する。創業者の人柄と熱意が伝わる逸話は、『信用は無形の財産なり』という社訓として、今に伝えられています」と山岸氏。だが、良質で安価なみかん販売は、お客様には喜ばれたものの、同業者からは猛反発を受けてしまう。その結果、土付きの野菜のうち、レンコンかわさびの販売への商売替えを迫られ、創業者が選んだのがわさびだった。生わさび専門の卸商になると、青果店で培った信用が鮮魚店やすし店の全国組合への推薦につながり、さらにそば店の全国組合との関係を深めて、販路を拡大していく。

さらに独学で粉わさびの研究・開発に挑戦。他社とは一線を画した本物志向の粉わさびの製造販売へと突き進んでいった。「本わさび本来の風味、辛みを知り尽くし、信用を得ることの大切さが骨身に染みていたからこそ、高品質の加工わさびを届けたいという思いが強かったのだと思います」(山岸氏)

業界トップレベルの安心・安全な生産体制を確立

1960年代、2代目社長の小林一光氏が入社してから近代化が急速に進み、業界初の新商品を次々世に送り出していった金印。「私が入社した1986年の2年前にはロサンゼルスに駐在所が設立されていて、海外事業を展開するまでに急成長していました」と山岸氏は当時を振り返る。それを支えてきた生産工場は、業界トップレベルにあると自負する。

その一例として、山岸氏が挙げたのが、金印が独自に開発したマイナス196℃超低温すりおろし製法だ。「わさびは、すりおろした瞬間から数分程度で、本来の風味と辛みが抜けてしまいます。それを瞬間冷凍で封じ込め、低温を維持したまま充塡(じゅうてん)パックできる生産ラインを確立しています」

さらに、最新の検出装置を導入し、複合生体認証システムを活用した従業員の入退室による異物混入のチェックなど、工場の衛生・品質管理にも万全を期す。「原料の品質基準も厳しく、トレーサビリティーシステムも取り入れています。常にその時のベストを尽くし、自信をもって提供できる商品だったからこそ、私も入社から営業一筋、仕事にやりがいを感じて今に至ります」と朗らかに笑う。

国内外のニーズに応え信頼関係を築く

山岸氏は入社後、東京を起点に関東や北陸、中部などさまざまなエリアで営業実績を積み重ねていった。そうしたなか山岸氏が痛感したのが、各地の食文化や生活習慣の違いだったという。海外事業のローカライズにも通じるこの着眼点を金印は重視しており、提携している商社に商品販売を任せきりにしない。販路は商社と提携しているが、現地調査や営業活動は自社で行い、現地の人々とコミュニケーションをとり、食文化や生活習慣を理解することを大切にしている。

「海外事業が始まった当初、現会長と社長が、弊社の粉わさびを使っているロサンゼルスのすし店で食事をしたところ、全くわさびの風味がしませんでした。聞いたところ、2日前くらいに水で練った粉わさびだというのです。海外に拠点がないとわさびの本質を伝えられないと感じ、すぐにロサンゼルス支店を開設した出来事として語り継がれています」と山岸氏。そのため1984年にアメリカのロサンゼルス、2009年にドイツのフランクフルトに駐在所を構え、2014年にはロサンゼルスに現地法人KINJIRUSHI WASABI INTERNATIONAL CO.,LTDを設立。現地と関わることを積極的に行い、信頼関係を築いていった。

2019年4月をめどにフランクフルトの駐在所も法人化する予定で、ミシュラン三つ星レストランなど、本物志向のニーズに応えるプロフェッショナル向けの商品提供の推進に拍車をかける。「既存事業の拡大と新規市場の創造を柱に、良質な加工わさび商品を世界中に普及していきたい」と熱く語る山岸氏。海外事業のさらなる躍進に期待が高まる。