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土佐和紙工房から湿式不織布の世界的パイオニア企業へ。
高知県で変革を続ける廣瀬製紙に迫る

廣瀬製紙株式会社

昔ながらの手すき和紙をつくる技術を応用して、日本で初めて合成繊維を用いた湿式不織布を開発した廣瀬製紙。その用途は、マスクやコーヒーフィルターなどの身近なものからナノファイバーや医療分野素材といった工業製品まで幅広い。世界的にも高い技術力を誇る企業の、変革の歴史を伺った。

和紙から不織布へ。日本初の開発に成功し、廣瀬製紙が誕生

高知県土佐市。そこは、山と海、そして日本一とも言われる透明度を誇る「仁淀川(によどがわ)」に囲まれた自然豊かな場所だ。仁淀川は、四万十川や吉野川と並ぶ四国三大河川の一つで、全国1級河川の水質ランキングで平成24、25、26年度に第1位(国土交通省発表)を獲得している。土佐市では、この仁淀川の水源を利用した手すき和紙が「土佐和紙」として発展。1,000年以上の歴史を持つ土佐和紙は国の伝統工芸品にも指定され、地場産業として大きく発展した。

廣瀬製紙株式会社の前身は、昔ながらの「手すき」という手法で和紙をつくる土佐和紙工房だった。仁淀川の豊かな水を利用して、質感の良い和紙づくりに励んでいた。しかし1900年代に入ると、機械で安価に大量生産できる洋紙の登場により、和紙業界全体が苦戦を強いられる。

そんななか、のちに廣瀬製紙の創業者となる故・廣瀬晋二氏は、世界で初めて合成繊維を開発した京都大学教授の講演を聞き、新たなビジネスの可能性をつかんだ。講演の内容は「天然繊維でつくられた和紙は時間がたつと劣化するが、合成繊維は劣化しない。手すきの手法で合成繊維がつくれれば、用途も可能性も広がる」というものだった。

廣瀬晋二氏は京都大学の高分子化学研究室と3年間の共同研究を実施。そして1958年、日本で最初の合成繊維「ビニロン」を用いた湿式不織布(しっしきふしょくふ)の開発に成功し、廣瀬製紙株式会社を設立した。ここから、湿式不織布のパイオニアとしての、廣瀬製紙のあくなき挑戦が始まったのだ。