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EXECUTIVE

設立50年は原点回帰。開発と人に投資する

大研医器株式会社代表取締役社長山田

患者の負担を軽減する治療を機器でサポート

山田満代表取締役社長は大研医器の創業者である。1968年、医療機器を仕入れて販売する事業を始めた。独創的な技術でドラスティックな医療革命を目指すという気迫あふれる使命は、この山田氏が事業を構築していくなかで打ち立てたものである。

そんな山田氏も「当時、医療現場に出入りするディーラーと医師との関係は今以上に閉鎖的で、まだ何の実績もなかった私は本当に苦労しました」と創業期を振り返る。きっかけは、もともと研究開発型のメーカーを目指していた山田氏のもとに、ある医師からオーダーが入ったこと。手術室に設ける感染防止のための超精密ろ過装置(クリーンルーム)を手掛けることになったのだ。

それを機に販売業者からメーカーへとかじを切る。大手企業と組みながら院内感染防止を目的とした数々の製品を開発し、大研医器の名は医療現場に徐々に浸透していく。それが1990年の吸引器「フィットフィックス」につながり、メーカーとしての地位を確立させた。

山田氏は医療環境の変化をこう語る。「ここ10年、医療現場で求められているのは低侵襲治療です」。文字通り、患者を侵さない、襲わない治療のこと。たとえば内視鏡手術で傷口を最小限にするのもそのひとつ。治療につきものの傷や痛みを抑え、患者の負担を可能な限り軽減する治療法である。

しかし、内視鏡などを除くと、現在その治療法に使用されているもののほとんどは外国製。「日本は欧米にすごく遅れをとっている。この遅れを取り戻すのは一朝一夕にはいかないのです」と山田氏。数少ない日本の治療型医療機器メーカーとして「やればやるほど悔しさが増します」と悔しそうな面持ちで現況を語る。

医療現場の課題解決なら
大研医器といわれるくらいの会社にしたい

もともと日本には医師と協力して新しい治療法を開発する企業が少ない。大研医器は事業領域をそこに特化している。「医師とともに1日も早い患者の社会復帰をサポートする。それが私に課された使命です」

「自分自身が病院にひと月でも入院してみれば、患者の苦しみがわかりますよ。従業員にも『検査入院して、困っている患者と医療現場を目の当たりにしたら意識が変わるぞ』と言っています」。治療を医師だけに託さず、自分も治療する側の一員なのだと自覚することが大事だと、山田氏はことあるごとに自社の使命を従業員たちに伝えている。

2018年、大研医器は設立から50年を迎える。そこで、山田氏は「原点回帰」を掲げる。「これまでそれなりの実績を積み上げてきましたが、ここでもう一度、原点に戻って開発に力を入れます」と宣言する。それに伴い、同社は2016年10月に戦略的な組織変更を行った。研究にいっそう力を注ぎたいという前代表取締役社長の要望を受け、前社長は研究担当専任へ。それに代わり会長職だった山田氏が再び社長を務めることになった。

開発の質量を上げるために、医療現場のニーズをいかに拾えるか、製品のユーザビリティ(使い勝手)をいかに高められるか。現場が抱える課題があり、どのように解決しようかと悩んだときに、瞬間的に大研医器を思い出してもらいたいのだと山田氏はあるべき姿を示す。

企業は人なり。
医師のよきパートナーになる人材を育む

積極的な開発推進にともなって、人材育成への投資も今後の重要な柱だ。「やはり企業は人です。いかに早く優秀な人材を育てるか、それがいちばん重要です」と山田氏。そのための手段のひとつとして、同社では大阪大学と連携して、開発に携わる従業員を大学に送り、基礎医学を勉強させる予定だ。

「医学の基礎知識がないと治療機器の開発などできません。新たな機器を生み出すために、医師のよきパートナーになれる人材を育てたい。いえ、育むのです」。山田氏は同社のこれからを担う人材に期待する気持ちを、育むという表現に込める。そして、失敗を恐れず攻めの姿勢を持つ組織こそ、ドラスティックな医療革命を成し遂げられると信じる。

また、同社は大阪府に生産拠点である和泉第2商品開発研究所兼アセンブリーセンターを建設中である。医療機器を製造するためのクリーンルームを増設し、生産の自動化を促進する。生産体制の強化は、山田氏が描く中長期目標「売上300億円。将来的には1,000億円」の布石とする取り組みのひとつと言える。