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お客様の「ボヤキ」は100%拾う、それがキャニコムのものづくり

株式会社筑水キャニコム

転勤する者がいなければ、事業拡大のため自らが転勤

代表取締役会長の包行均氏はあらゆる意味で、型破りな人物だ。商品を全国に売り出したくてもネットワークがなかったため、まずは支店の創設に取りかかる。1975年の営業部長就任後、包行氏は「10年間で15支店」を目標に、全国に拠点を構える計画を推し進めていった。しかも、福岡から全国各地に転勤が可能な人材がいなかったため、包行氏自らが大阪支店長として転勤したという。

「転勤すること自体、わが社では初めてのこと。体制も整っていなかったんです。それなら、取りあえずは自分が行くか、と。大阪で働いたのは良い経験でした。神戸港が近く、日本の製品がどんどん海外へ輸出されている現場を見ることができたんです。海外展開を考えたのは、間違いなくこの時です」

また、「入社3年目に経験した大分県での出来事に、経営のヒントがありました」と包行氏。営業を担当していた頃、お客様から「おたくの製品はすぐに壊れる」「頼んでいた部品が届かない」といったクレームを受けたのだ。クオリティーの高い製品づくりには、パーツリストが欠かせない。しかし、社内にパーツリストをつくれる人材がいなかった。優秀な人材の獲得にも積極的に動く。

人材獲得のため、アポイントなしで大手企業を訪問

包行氏は大胆な行動に出る。「ものづくりといえば……」とひらめいた大手重工メーカーにアポイントなしで訪問し、人材の支援を願い出たのだ。もちろん門前払いされるが、それでも諦めない。約3年間通い続け、人事部とのネットワークをつくり、系列企業から筑水キャニコムに出向してもらえる人材を確保した。すると「キャニコムは大手企業から社員が来る会社だ」と評判になり、その後も鉄鋼大手や大手農業機械メーカーなどから3年間で29人もの人材を獲得できたという。

社長に就任した2005年当時、販売実績は急拡大していた。背景には2004年の台風集中上陸があった。筑水キャニコムが開発・販売していた林内作業用車は、台風通過後の片付け作業に必要とされ、在庫が切れるほどの売れ行きだった。その後、支店を拠点にした営業、人材確保、海外展開への切り替えに力を注ぎ、厳しい時期を乗り切っていく。従来の採用活動に加え約15年前からは留学生採用も始め、46カ国におよぶ海外展開にも弾みをつけている。

たった一人のお客様の声を聞き、他社がしていないことに挑戦する

全国でのネットワークづくり、人材確保、海外展開と、業績は着実に成長を遂げたが、変わらないことがある。それが同社のものづくりへの姿勢を表す言葉「ものづくりは演歌だ」。酒場の「流し」は、「歌を聞きたい」と言うお客様がいれば、たった一人のためでも歌う。その義理と人情あふれる姿勢と同じように、筑水キャニコムは「こういうものがあれば……」というお客様の声に全力で耳を傾け、たった一人のために新商品を開発するのだ。

どんな小さな声でも拾うために営業担当者全員にビデオカメラを持たせ、農家の方々の声を集めたこともあったという。「うちの斜面を登れる馬力があれば」「もっと楽に清掃ができたら」など、それぞれの農家から時間をかけて丁寧に話を引き出した。包行会長はその映像を全て見てきた。

「商品は100%、お客様の『ボヤキ』から生まれる」と包行会長は言い切る。そしてその顧客が「安心できる、これは良い」と言えば、商品として完成したと考える。法で定められた基準を満たすことだけでなく、お客様が満足するものづくりが肝心なのだ。だからこそ、海外での売上が44%を占める今は、「海外の顧客の声を聞きたいですね」と包行会長は語る。「他社がしないことに挑戦する」。その姿勢が、同社を唯一無二のものづくり企業に発展させる礎となった。