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KEYPERSON

複合機から車載ソフトの開発へ。
組み込みエンジニアの新たな挑戦

APTJ株式会社開発部川村和義

20年目の再挑戦

大学では数学を専攻したという開発部の川村和義氏。大学で学んだ論理的思考をものづくりに生かすため、光学機器メーカー系のソフトウェア企業に就職。SEとしてプリンタードライバーの開発と複合機の組み込みソフトの開発を担当し、部長職を拝命してプロジェクトマネジメントを行うようになっていた。

仕事は順調。会社に不満もない。しかし20年近くSEをしてきて「自分はこれで良いのか?」という疑問を漠然と感じていたのも確かだった。そんなある日、上司から「名古屋に組み込みソフトの開発をする面白い会社があるけど、そこで勉強してこないか?」と言われた。

「元の会社がちょうど光学機器以外に自動車関連の組み込みソフトに力を入れようとした時期で、私もエンジニアとしてもっと成長したいと思っていたタイミングでした」

調べてみると、車載ソフトは自分の技術を広げるフィールドとして申し分ない。高田氏の「自分たちが日本の自動車産業を支える」という思いにも共感した。唯一の不安は、自動車の分野はまったくの未経験ということだった。

しかし、川村氏にはプロジェクトマネジメントの経験がある。それに「自動車も複合機も組み込みソフトという分野では共通だから大丈夫」と論理的に自らを納得させ、家族を関東に残し、単身赴任でAPTJに行くことを決めた。

自動車業界に携わる責任

組み込みソフトの経験はあったが、しばらく開発業務から離れていた川村氏。しかも車載コンピューター用OSのAUTOSARの仕様や、通信プロトコルの「CAN」など、覚えるべきことは山ほどある。出向してしばらくは自動車用組み込みソフトの勉強に明け暮れた。

「開発プロジェクト全体を統括する先輩が驚くほどAUTOSARに詳しいのに驚きました」。しかも同社の場合、名古屋大学のさまざまな研究室がすぐ隣にあるため、そこで研究に打ち込む先生や学生たちと交流し、ときには研究成果に触れることができる環境が大いに刺激になったという。

この環境で車載ソフトを詳しく理解していくなかで、川村氏は気づいたことがあった。「それは、要求品質のレベルの高さです」。もちろん前職でも、製品の品質には最大限の注意を払ってきた。しかし自動車業界の品質はダイレクトに人の生命に関わるため、前職とはまったく違う高い意識が求められる。

「理屈では分かっていても、サプライヤーの方との打ち合わせや同僚との何げない会話のなかで、品質に対する意識の高さをあらためて痛感する毎日です」

高田先生の「門下生」として

現在、同社の開発部門は「車載OS」グループと、ソフトが正常に稼働しているかを監視する「Watchdog」というモジュールの開発グループに分かれている。川村氏の所属は後者。

「今、7名のエンジニアと仕事をしています。全員、さまざまなソフトウェア会社から選ばれた方ばかりで、彼らと話していると、自分の視野が広がるのを感じます」

各エンジニアは、APTJで車載OSのエキスパートとなり、その技術を自社に持ち帰るという重要なミッションを持っている。もちろん川村氏もその一人。言い換えれば、将来、全員がライバルになるということでもある。

「でも、彼らとの間に壁を感じることはありません。みんなとは気さくに何でも話せますし、全員が高田先生の門下でいろいろと議論をしながら、これからの日本の自動車産業を支えていく仲間だという信頼関係で結ばれている気がします」

今も元の会社に顔を出すたび、同僚から「高田先生と一緒に仕事できるのがうらやましい」と言われるという川村氏。そのたびに、この環境を幸せだと感じると同時に、自分のため、会社のため、そして何よりも日本の自動車産業のために、もっと勉強しなくてはと心に誓うのだった。

あとがき

いわゆる「ガラケー」と呼ばれる携帯電話は、ほんの数年前までは日本がトップクラスを走る一大産業でした。しかし、今やスマートフォンが台頭し、国内ブランドよりも海外ブランドの機種が幅を利かせています。同じことが自動車業界にも起きようとしています。自動車の多くの機能を統合する「OS」が海外製だけになってしまうと、日本は独自性を発揮した製品をつくりにくくなってしまいます。「日本のものづくりを守るため」という強い決意を持って、各社の精鋭が集まった同社は、まだフェーズ1。これからさらに日本を代表する企業へと成長することでしょう。